姉夫婦が甥っ子を抱いて遊びに来る。まったく赤ちゃんというものは良く分からない理由で笑ったり泣いたりする。足をばたつかせるさまを見てご機嫌だねえと話しかけてみたり、抱き上げて窓の外を見せていい天気だねえと教えてあげたりしてみるが、子供様はまったく気まぐれに笑ってみたり眉間に皺を寄せてみたりして、どれがお気に召してどれが癪に障るのかこちらには全然分からない。そもそもこっちが話しかけてる内容を理解してそれにリアクション取ってるわけではないのだろうから当然だが、そういうやりとりにならないやりとりが続くとこちらもちょっと困惑してくる。やがて対話モードから表情の変化や動きをこちらがただ見守るだけの観察モードに入ってしまうのが常。

その点母親たる姉はさすがにすごい。気の合う友達に話すようにちょっとひねりを入れたような投げかけをずっと続け、子供のちょっとした動きを相手からのメッセージと受け取り、ずっと対話モードを続けている。俺だって甥っ子は好きだが、姉の我が子に対する愛情はそれと桁が違うのだなと改めて実感。相手に対する愛情の大きさと書いたが、すぐにいいリアクションが返ってくることを求めずにいい投げかけを続ける、コミュニケーションを試み続ける力ってのはもっと実務的な力のような気もする。斉藤孝センセイならなんと名づけるだろうか。