鹿男あをによし

物語の舞台の奈良の魅力がよく出た小説だったと思う。奈良ってお隣の京都と比べるとなんかこう華がなくうすら寂しいような印象があって、この小説でもそんな印象は覆るようなことはないんだけど、そんな奈良もいいものだね、と思える。

奈良って遺跡や寺社が多いから昔の人の存在を強く感じるんだけど、時代が時代だから文献があまりなくて、結局のところその昔の人達が何を考えてたのかがよく分からない。奈良に住んでる人たちにもそれが分からない、っていうのがその奈良を覆う寂しさの一因でもあるように思った。隣人のことを分かってあげられないっていう優しい寂しさ。あ、鹿も分かりえない隣人やね。

相手のことが分からない。でもそれは自分の無知のせいでもKYなせいでもないから、安心して分からないでいられる。この分かり得ないことにのんびり浸るのって、なかなかいい時間のように思う。普段は「知らないこと」「分からないこと」ってひかえめながらも罪であるような空気の中で暮らしてるから。そういう空気の中に閉じ込められてるように感じたら、奈良に行って石舞台を見上げたり鹿と見つめあったりしてくればいい。

しかし小さい頃から知ってるからあたりまえのことになってるけど、鹿がいっぱいウロウロしてる奈良公園ってよくよく考えるとものすごいメルヘンなスポットだな。あんなサイズの動物が柵もないところで大量に放し飼いになってるところなんて、日本でもあそこだけだろう。

鹿男あをによし

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