ローマ人の物語 (12) ユリウス・カエサル ルビコン以後(中) (新潮文庫)
ローマ人の物語の感想は、フレーズをちょこちょこ引用してはそれに感想を付けるこまぎれメモのような形が向いてそう。全体の感想なんて壮大すぎて手に負えない。
宗教はそれを信じない人に対しては正し手になりえなく、哲学はそれを理解できるだけの知力をもった人に対してしか影響力をふるえない。しかし法律は多種多様な人間の行動原則の正し手になりうる。それはそうだが、逆に法律が他の2つに劣る点というのはどういう部分だろうか。
まず抽象的な原理原則だけでなく、ある程度個別具体的な記述にしないと意味がないので、法律のスキマや抜け道が存在する恐れがある。これは改正なり追加なりで対応する必要がある。
他には、法律によって行動を正されることには不満を感じやすいっていうのもあるかもしれない。不満を感じさせつつも行動を正せるという法律の強みの裏返しだけど。社会としてはそれでも秩序は得られるのだが、個人が幸せになれなくてなんの社会だ。それに個人が自分の幸せのために自分の行動原則の正し手を必要とすることだってあるだろう。その役目に法律は不向き。法律成立の背景をよく理解し、自分で深く納得して自信の哲学と重ねることができればそれに従うことに満足感も得られるかもしれない。
ローマ人の物語 (12) ユリウス・カエサル ルビコン以後(中) (新潮文庫)
- 作者: 塩野七生
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2004/09/29
- メディア: 文庫
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